3/30/2008

2007モンゴル①:チョロート川タイメンへの未練

チョロート川上流のタイメンへの未練

2006年に続いて2007年もモンゴルに行って来た。
2006年には9月の秋、シーズンの終わりの時期だったから2007年にはシーズンの頭、6月に行く事にした。
チョロート川の上流には微妙な魅力があるらしいだ。人を呼ぶ囁きが何時も聞こえるような気がする。また、タイメンに対しての未練も大きかった。99cm、後1cmで鬼にならなかった私のタイメンの所為かも知れない・・・。
そのチョロート川の囁きとタイメンのブラッディーテール、その血色の尾鰭が私を呼んでいた。

ここでタイメンに対して少し書いてみる。私が2006年雑誌に掲載した釣行記の一部である。
 「フヘン(HUCHEN)」と言う魚がある。フヘンは世界的に5種類しか確認されていない珍しい魚類で、詳しく見ればサケ科のフヘン属に分類される。
 これら5種類は各、
ヨーロッパのダニューブ(ドナウ)川の上流にしか棲息しないまた学術的にも大事にしている「フヘン(学名Hucho hucho)」


日本の北海道、ロシアの沿海州、サハリン、シベリア東部の川に棲息している「イトウ(学名Hucho perryi)」


北極海やバイカル湖に流れる川など北へ流れている川とアムル川に棲息している「タイメン(学名Hucho taimen)」


中国の長江(陽子江)に住んでいる「虎嘉魚(学名Hucho bleekeri)」


韓国(北朝鮮)の鴨緑江の支流の棲息していると言われる「ジャチ(学名Hucho ishikawai)」

この5種類が全てである。
 これらは北極を中心にして近い距離で存在している事を見ても氷河期の残りの希少種類だと思われる。姿は原始的でサケより体が長くて頭だけが横扁している。
 この5種類の中で、降海するイトウとグロテスクな姿のタイメンが共に巨大な体つきでゲームフィッシュとして認められている。
 日本では幻の魚と言われるイトウは「魚扁に鬼字」の漢字でイトウと読んでいる。また川で遊んでいた子供に襲い掛かったとか生きている子猫に釣り針をつけて泳がせて釣るとか、伝説のような物語も良く聞こえる。

 もちろん高校の時、耽読して東西洋の有名猟師の物語の小説に出ているシベリヤや北海道の巨大魚がタイメンとイトウと言う事は既に分かっていた。イトウは釣ってみたからリストから消した事もう古い。タイメンはイトウの兄貴のような存在、機会があれば実行するだけだ・・・。
「上の5枚の魚イラストは無断でウェブからコピしてきたイメージです。問題のあれば消します


サハリンで釣ったイトウはタイメンとは結構違う姿をしていた。体の色が主に銀色(産卵期になると下半身が真ッ赤になるが)、小さな黒点が鱗一つずつに散らばっている。
(この2枚、何処かでコピーしたイメージ)
左のイトウは右のタイメンに比べると頭(特に口)の形も全然違う。
本論に戻ろう。
2006年の旅では残念だがフライでタイメンが釣れなかった。タイメンが水圧の大きな流れも速い激流の瀬にしかいなかったからフライでは仕様が無かった。2007年にはフライでタイメンのゲットも一つの大きな目的だった。
2007年の参加メンバーは、2006年そのままにプラス一人、釣りネットTV九州の中村さんがDVD製作の準備で参加して全部6人だった。
先ず、相変わらず、ガイド及びチームリーダーの武石さん。
フライ組のピーター兄貴と後輩のパック。
GL工房の佐野さんと釣りネットTV九州の中村さん。
そして、私。
去年ドライバーだったモギはモンゴル内彼方此方増えていく工事場のトラック運転をしているそうだった。その方がお金になるらしい・・・。
今回の新しいドライバーは若いノーヤ。モンゴル新世代の若者。
2007年のモンゴル旅はやっぱり、相変わらずトラブルから始まった。廉価チケットのモンゴル航空は12時出発が夜8時出発に変わったのだ。午前中空港に行ったのにまたまた航空で1日遊ばないと・・・。去年は飛行機問題でディレー5時間だったが、今回は始めから飛行機が来なかったていた。
その日、ウランバトルに行けたのが幸いだった。ハハハ・・・。
つづく

3/28/2008

ヤマメは美味しいんです。


釣ったヤマメは美味しく食べましょう。
こうすれば骨も頭も鰭も全部食べられます。最高です。

美味さの残すコツは現場で鰓と内臓を分離してまた溜まっている血を抜ける事かな・・・

3/27/2008

モンゴル遠征のオマケ

モンゴル伝統料理のハルハクを作る模様です。
遊牧民たちのその特別な血の見えない羊の〆る方法です。
食べたい(?)羊を選びます。
羊もヤギも使うがヤギが高価でもっと高級だそうですが・・・。よく知りません。
一応、着物か生地を利用して敷物を敷いて血はもちろん何も土に当たらないようにします。血が落ちて臭いがすると後で狼が来る虞もあるし、また何か大地に対してのタブがあるような気がしました。

羊の鳩尾辺りにナイフで切って手が入る位の穴を作ります。おとなしい羊だがやはり痛みで足掻くから一人では無理、他の人が足を取ってくれます。確か中の横隔膜も切るでしょう。


中に手を入って羊の心臓を掴んで息が絶えるのを待ちます。動かないように頭も掴んでいました。かわいそうな羊は直ぐ死んでました。


丁寧に皮を履いて

小さなナイフで解体していきます。血も内臓も別々に区別してまた肉も適当なサイズにカットします。
ここまで
「世界怪魚紀行( http://www.h6.dion.ne.jp/~monster/)」の武石さんからイメージを頂きました。

料理の番です。火で熱していた石を準備しておいて肉と野菜と一緒にブリキの桶に・・・。
   
何時間後、美味しそうな臭いと一緒に完成です。
まず、まだ熱い石を出して皆で熱い熱いしながら手にしてみるのです。掌は油だらけになるがモンゴルではこれが健康になる、健康の祈りと言う意味があるみたいです。

小さなナイフを使って白い骨しか残らないまで綺麗に食べます。そうするのが正しいです。モンゴル遊牧民達は骨を折れて中の骨髄まで食べていました。
堅い骨膜や油などを残した私は少し恥ずかしくなっていました。

3/26/2008

オールドタックルでニジマス


オールド&ヴィンテージリールにはやはりバンブーロッドとグラスロッドが似合いますね。

釣ってみました。面白いです。本当に・・・。

Fishing Tackle Data

Reel:ALCEDOミクロン3rd.&1st.

Rod:EXOR The Foliage(バンブー)、Flex TailorーEXORチューン

Line:ナイロン4ポンド

Lure:マイクロスプーン

3番目のALCEDOミクロン#2

実はこんなのを持っています。
マレーシアから買ったALCEDOミクロンのメダリオンのレプリカです。
何でこんなのを作って売っているか良く分からないが、マレーシアはオールドタックル好きな人が多くいるかも・・・。
オリジナルとはカラーが違うゴールド色ですが。なかなか良く出来ています。3番目のミクロンの濃い緑には良く似合うと思いました。

予想とおりでした。しかし、古いボディーに新品のメダリオンが少しアンバラスですが・・・。

1、2番目と違う部分をもっと探して見ると、

シリアル番号の文字が変わっておかしくなっています。ネジの所為で文字が見えなくなっています。
ベールの付いた部分の金属部品も違います。

さて、
ALCEDOミクロンのデザインが変わって理由に対して考えて見ましょう。


一番大きな変更はリールの足、
何故リールの足のスタイルが 変わったのか。
1、2番目のミクロンにはほぼ同じ部分に傷が付いていました。

これは開いたベールが戻る時、ラインローラーを固定するナットが時々ぶつかっているからでした。
この問題点をなくす為にはリールの足を後ろに移動させるしか方法は無かったでしょう。
3番目はナットが当たらないんです。

3/24/2008

果て遠い夢駆ける草原#8

<2006モンゴル その7>

何時間も走ってチェチェレグの入り口に到着すると行く時には無かった公安の検問所が出来ていた。テントだけど。
警察は我々にパスポートを要求した。皆「?」、でも仕様が無いから・・・
ドライバーのモギが皆のパスポートを持って行って何かの話をしてきた。ともかく通過。
チェチェレグに入りながら何だったかと聞いてみると・・・
それはそれは恐るべしのペスト発生の事だった。チェチェレグにペスト患者が出たそうで出入統制にしている事・・・
町は相変わらず静かだったが、200人も死んだという信じられない事をモギは話していたのだ。
200人か20人か分からないけど車を止めなくてチェチェレグから出る事にした。
反対側のチェチェレグの入り口が見えてきた。あそこを通過すればペストから脱出できるのだった。
し、か、し、あそこにも警察がいたのだ。
それから警察は、あちに行け~こちに行け~・・・チェチェレグの周りを行ったり来たり、時間が流れてしまった。
皆はビビッていた。
草原を横切って町を離すとしたがパトカーが何時の間にか付いて来てまたチェチェレグの出口に戻ってしまった。
どうしよう・・・。
実はこのチェチェレグから人が出られないのだった。外国からの観光客でただの通過だとOKだろうと思ったが、これが出来なかった。
結局、最後に、警察所長と言う人にお金(ワイロ)を渡ってチェチェレグから出たのだ。
始めてからの目的はそれだったか!いや、・・・かも・・・分からん。
目的地は露天温泉のある場所、最後の泊まりは少し文明的な場所だった。
無駄な時間使いで完全に暗くなった後、温泉地に着いた。
何日ぶりにお風呂か。熱い温泉で冷たいビール一口が格別だった。
ここは観光客の為のリゾートだった。 野生(?)の我々には相応しくない???
テントキャンピンじゃなくてゲルで泊まった。ピーター兄貴が皆の為に奢ったのだ。
またまた走って、一日走って、また暗くなってウランバトルに帰ってきた。
モンゴルチョロート川への長い旅が終わって行く。

次の日、帰国の前に2時間ほどウランバトル市内を見てみるが、もう心には来年の遠征の企画が始まっていた。
2007モンゴルに続く・・・。